▼CONTENTS
宝塚市保育所父母の会
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国や県の情勢はどうなってるの?

1.公的保障の解体・・・市場化に向かう保育福祉
 保育所のニーズがとても高まっています。待機児童が増え続け、小泉内閣は2001年に「待機児ゼロ作戦」を打ち出しました。保育所が郵便局と同じ数だけあると、待機児童は解消されるといわれています。保育所が不足しているのであれば増やせば解決するのです。ところが政府は、認可保育所の建設を進めるのではなく、待機児童数を実際よりも低く見積る方式を採用するとともに(例えば、宝塚では無認可指定保育所に通所している児童は、本来は待機児なのに、待機児としてカウントしなくても良くなったのです。)、「最小のコストで最良・最大のサービスを」という名目の下、さまざまな規制緩和を行っています。規制緩和により、「経営」「利益」を最優先する企業の保育所運営への参入を促し、「保育水準の低下」や「保育の質の低下」を伴わざるを得ない保育の市場化・商品化への道をいっそう明確にしてきました。実際には、”待機児はゼロ”になっておらず、規制緩和だけが先行し、子どもへのしわ寄せが起こってきているのです。
 
規制緩和といえば聞こえはいいですが、例えば、もともと高くもない最低基準をさらに引き下げて、また、定員外入所の規制を取り払うことで、既存の施設にさらに多くの園児を入所させたり、短時間保育士(アルバイト・パート)を増やすことでコスト削減を図ることにしました。また、国の運営費の引き下げも行いました。そして、給食室の設置義務を撤廃し、給食の外注化を認めたり、 民間企業の保育所運営の参入も可能にし、競争原理の導入を図りました。これから、し烈なコスト削減競争が起こるのは明らかです。
 保育所の運営費の8・9割は人件費です。コストを落とすということはすなわち、人件費を下げるということです。そのためには、若年保育士を多くしていく、雇用を短時間保育士(アルバイト・パート)に切り替えていく。時間延長などの労働条件をさらに悪くしていくなどの対応が迫られてきます。三鷹市では、ある公立保育所の年間運営費が約1億7000万円なのに対し、私立の入札予定価格が1億2000万円、企業は8000万円以下で、公立の半分にも満たない額です。その企業努力には目を見張るものがありますが、現に保育士の内訳はほとんどが短期雇用となっています。


2.「保育の質」で何より大切なもの・・・人のかかわり
 保育所の役割は、働く親たちが利用しやすいものでなければなりません。そのためには入りやすく、就労形態にあったものでなければなりません。しかし、保育所というところは、子どもが人間として育つ場であることをなによりも忘れてはなりません。今、国が行っている保育所改革は、子どもが育つ場という視点を欠いているとしか思えません。子どもを育てるのは、人のかかわりです。保育士のかかわりようが「保育の質」の中でもっとも大切になってきます。

3.なぜ熟練保育士も必要か
 今、情報化社会となって社会全体がせわしく、複雑化しています。子どもたちも、まともに影響を受けています。加えて、少子化はますます進行し、地域のつながりも失われている中で、子どもをとりまく人間関係は単調になっています。そういった中で、家庭や子どもの育ちをめぐる問題がさまざまな形で噴出しています。例をあげれば、些細なことでも我慢できずに「キレル子」や「乱暴な子」の低年齢化や、引きこもり、虐待問題などです。そして、子どもとのかかわり方がわからない大人も増えてきました。こういった新しいことに対して、これまでの対応だけでは対処できなくなっているのです。
 
保育士はますます経験と研鑽を積み上げ、高度な専門性に基づいた対応が求められているのです。しかし、国は、コスト論を前面に押し出し、在職年数の長い保育士は、財政負担になるので早く辞めさせるような、そして、保育所を子どもの成長・発達する場ととらえず、子どもの安全さえが守られればいいかのような託児所的な発想の改革は、これまでの「保育の質・水準」を大幅に引き下げ、子どもの育ちを弱めていくことになりかねません。
また、家庭育児でも寝不足・疲労状態では、子どもに対してゆとりのあるかかわりができないと同じように、園児を詰め込むことや労働条件の悪化は保育士の子どもたちへの豊かなかかわりに影響を与えることはいうまでもありません。


4.子どもの育ちに格差を与える市場化
 保育の商品・市場化により「安かろう・(内容が)良かろう」になるのであれば、それに越したことはありません。確かに市場化は、消費者の(大人にとっての)ニーズを反映するためのシステムとしては、優れているといわれています。しかし、一方で値段とその内容には強い相関がみられ、良い内容のものは値段が高く、安いものは、それなりということになります。
  保育所を選択するのは、大人です。いくら質の高い保育を購入したくても、高額な保育料が払えなければ、変えざるを得ません。これまでの公的保障制度で優れていたのは、保護者の収入がいくらであろうと、子どもは同じ保育が受けられて いたということです。つまり、全ての子どもの発達保障がなされていました。ところが、市場化が導入されると、子どもが受ける保育に格差が生まれてきます。「児童憲章」には、「児童は、よい環境のなかで育てられる」とあります。また、「子どもの権利宣言」には、「子どもの最善の利益」とうたわれているのです。家庭の経済状況によって保育環境が違ってくるのは、大きな問題といえるでしょう。


5.公立保育所の民営化は加速・・・公立保育所一般財源化実行
 保育福祉が市場化され商品として売り買いされていくには、どうしても公立保育所の解体が必要です。そのために規制緩和が行なわれていますが、このたび財政上での措置もとられました。今年度(2004年)から始まった公立保育所の一般財源化です。
 これは、国が進める「三位一体改革」(補助金削減・税源移譲・地方交付税改革の3つを同時に進めていくもの)から生まれてきました。これまで国は、公立保育所の運営費の公費分2分の1を補助負担金として直接出していましたが、一般財源化することで地方交付税に切り替わってしまいました。そのことで市町村は、公立保育所の運営費以外でも使えるようになりました。いいかえれば、そのお金を公立保育所の運営に当てなくてもよくなったのです。
  もともと保育のための財政措置は、児童福祉法によって、国及び地方公共団体の義務として定められています。しかし、一般財源化はその法的な原則を崩すものであり、保育にかけるべき費用として国から交付される財源が本当に保育に使われるかどうか怪しくなります。
 さらに、一般財源化では実態ではなく人口に比例して税源移譲が行なわれるので、保育所の整備を積極的に行なっている自治体にとっては大幅減収が見込まれます。三鷹市では、その額が約1億4000万円といわれています。
 公立保育所一般財源化により、今全国でブームのようにわき起こっている公立保育所の民営化にさらに拍車がかかるにちがいありません。
そして、来年度からの私立保育所の一般財源化についても検討されています。こうなれば、スタンダードな保育所が、さらに最低基準の低い東京都の「認証保育所」などのような無認可保育所に移行してしまうことになるでしょう。
 「幼保一元化」についてですが、本来、同じ子どもを幼稚園・保育所に分けることがおかしく、一本化するのが筋です。しかし今の政府案は、幼保それぞれの低いほうの基準に合わせていくものです。コストを下げるために検討が始まった「幼保一元化」問題も具体化され始め、「私立保育所一般財源化」同様、予断を許さない状況となっています。


6.「子どもの最善の利益」を中心にすえた改革を!!
 今、国は、保育サービス商品化に向け、法整備より実態先行型で進めていますが、コスト削減や保育ニーズの多様化といった大人側の視点だけでなく、「子どもの権利条約」にもうたわれている『子どもの最善の利益』といった視点にもたって丁寧に検討し、問題点があれば改善してから先に進むべきでしょう。なぜならば子どもの健やかな育ちを保障することは、私たち大人の責任ですし、将来を担う子どもの育ちは、場合によっては取り返しのつかないことになるからです。

兵庫県の情勢
 このような国の流れの中、兵庫県下の状況は、長年にわたっての運動が実を結び、無認可保育所が、神戸、川西を皮切りに、尼崎の夜間保育園としてひまわり保育園、西宮、姫路と認可保育園になっています。その反面、公立保育所では神戸で廃所、姫路で統合、尼崎では、昨年に引き続き民間移管が進められています。過疎地域では、幼稚園と保育所を統合し、子育て支援センターを併設して、混合保育を行う動きもあります。
 
このように公立保育所の統廃合と、待機児童は民間保育所建設で対応していく方向の県の保育行政の中で、兵庫県下における公立保育所と民間保育所の施設数が、16年度始めにはちょうど半々になったそうです。
  今後、公立保育所が統廃合されたり、民営化されたりして、どんどん減っていく状況が強まっています。そして、「国の情勢」で述べたように、このことが、子ども達の生活の場である保育所の質をさらに低下させる危険性も大きいのです。次世代育成のための国、県、市町村の公的責任をしっかりはたしてもらうべく、主権者である私たちの活動、はたらきかけがますます重要になってきています。